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青の洞門(4) ★★★★★ |
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青の洞門の取扱説明書 菊池寛の小説「恩讐の彼方に」で一躍有名になった青の洞門。僕はこの小説を読んだ事が無いし、青の洞門に関する歴史認識も持ち合わせていない。従って先入観なく非常にフラットな状態で挑む事となる。後にこの隧道に関する様々な逸話を知る事となるが、驚くべき事を最初にひとつだけ挙げておこう。それは青の洞門が江戸ッチャーである事だ。僕はそれさえも知らずに洞窟への潜入を試みるのである。
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ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR 青の洞門は竣工後250年を経た貴重な歴史的構造物であり、それが今尚通り抜け可能な状態で大切に保存されてきたからこそ、全国的に名の知れた観光スポットとなった訳だ。それに火をつけたのが、禅海上人が独力で掘り抜いたという逸話である。勿論そこには菊池寛の小説が大きく影響しているのは言う間でもない。人々を魅了して止まないのは、禅海上人の有言実行力ではないか。 |
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ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR 危険に晒されている村人達を救済すべく開始されたひとりぼっちの隧道掘削作業。そこには完成予想図もなければ、岩壁を掘るなどという経験すらなかった事だろう。ではそこにあったのはいったい何か?それは強い信念ではないだろうか。一度始めた事を途中で投げ出さずに最後までやり通すという継続的な行為ではないだろうか? |
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ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR 村人達に失笑されながらも、己を信じ独力で掘り進めた結果、数年の歳月を要したがそれまで見向きもしなかった村人達の中から、数名が自ら進んで掘削作業を手伝うようになったという。そこで風向きは変わった。それまで全道程の半分ほどを単独で掘り進んで来たが、いつしか仲間が加わり掘削スピードはそれまでの比ではなかった。 |
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ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR 最終的には村人総出での村史に残る大事業となった訳だが、全通までに要した年数は実に30年という途方もない年月であった。禅海上人は人生の約半分をこの洞門に捧げた事になる。継続は力なりとはまさにこの事だ。また苔の一念岩をも通すとは禅海上人の行為そのものを指すのではないか。ORRも最初は笑われた。年間365本?毎日更新?全国からランダム?最初は独力で始めた事業であったが、途中で数名が名乗りを挙げてくれた。 |
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ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR そして今では全国から100名を超える人々が参加してくれている。ORRは貫通という最終目標はないけれど、その歩みは禅海上人の辿った道と瓜二つではあ〜りませんか。だがちょっと待って欲しい。禅海上人の美談はあくまでも小説の中の話であって、事実とは全く異なるのである。確かに禅海上人は青の洞門掘削工事には関わった。しかし自ら掘ったのではない。なぬっ!実際に掘り進んだのは本職の石工達である。 |
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ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR 石工達もただで働く訳がない。という訳で禅海上人はその資金を集める為、九州各地の諸大名を疾走していたのである。夢をぶち壊すようで申し訳ないが、駄目出しついでにもうひとつ。なんと青の洞門は完成後有料道路として通行料をしっかり徴収したと言う。あ〜あ遂に言っちゃった。生々しい現実がそこにはあった。明治40年軍事道路として大改修が成され自動車の通行が可能となる。 |
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ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR 我々が最も驚くべき事は、その後青の洞門が国道指定された事だ。現在では対岸にバイパスが完成しているが、それまでは青の洞門が国道として一時代を担っていたのである。禅海上人が単独で突き始めた穴が、後に国道指定されようとは氏も想像すら出来ますまい。競秀峰の直下に突かれた4本の隧道を現在は対岸から眺める事が出来る。 青の洞門3へ戻る |