ORRの道路調査報告書:全国の廃道隧道酷道旧道林道を個人が実走調査したレビュー

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雁股峠(5)

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雁股峠の取扱説明書

それでは本日の授業を始めま〜す。みんな教科書6ページを開けて〜。えっ、持ってない?嘘だろ。教科書持ってこんと授業にならんよ。ったく何考えてんの。いい加減にしないとチョーク投げるぞリンコのプー。問題の教科書であるが、そこにはあたかも一般車両が通行可能の如く記載されている。しかも2005年改訂版では恐ろしい程鮮明に描写され、雁股峠を越えようとルートに組み込む輩も現れるだろう。そのままでは死傷者及び遭難者続出につき、危機感を覚えた県警、土木事務所と連携し脳内協議した結果、ORRで真実の姿を世に公表する事と相成った。これで一人でも多くの生命が救われれば幸いである。

 

雁股峠

道路遺構の調査発掘専門サイト:ORRの道路調査報告書

落ち着いて考えてみよう(どうみても落ち着ける場所じゃないが)。雁股山に城があったという事は日常的に物資が運ばれていたはず。立地条件からして周防灘からは豊富な海産物が、耶馬溪側からは山の幸が日常的に届けられたと考えられる。つまり隧道開通以前からこの通りは頻繁に利用されていたと考えるのが自然だ。現在でも隧道上を越す峰越えルートが現存し

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空前のスケールで贈る道路大全:ORRの道路調査報告書

九州自然遊歩道と一部が被るこの県道であるが、雁股峠において遊歩道は隧道手前から稜線へと取り付く峰越えルートを指定され、雁股峠を目指すほぼ万人が峰越えルートを利用し、隧道など見向きもしないのが現状だ。その峰越えルートこそが隧道開通以前の旧道である。勿論車両で越える事は出来ない。荷を積んだ牛や馬が行商人に引かれ、或いは旅人なども雁股峠を

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お探しの道路がきっと見つかる:ORRの道路調査報告書

越えていったのだろう。時は安土桃山時代まで遡る。殿「近こう寄れ、おぬしチン毛生えちょるな?」家来「は!」殿「もうよい、下がれ」お前はジャクソンか!この一連の内容はチン古今和歌集に、より詳しく収められているので手元にあれば参照してほしい。かつて一時代を築いた雁股ネバーランドの落城はなるべくしてなったと言っても過言ではない。そこで一句。

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羅針盤、それは地図とカーナビとORRの道路調査報告書

雁股や、強者(つわもの)どもが夢の跡。確かに落城はした。しかし幾多の人々が刻み込んだ轍はそう簡単に消え失せるものではなく、また城があろうがなかろうが、雁股峠は耶馬溪と城下町である中津を結ぶ主要路として、機能していたのではないだろうか。そして時代の移ろいと供に拡大する物資の輸送力強化に伴い隧道掘削が必要に迫られた。それほど険しくもない

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www.henari1.jp ORRの道路調査報告書

頭頂部であったが、当時の技術不足か、はたまた流行だったのか測量の結果、切り通しではなく隧道掘削による新ルートが決定する。現在ならば100%確実に切り通されたであろう雁股峠の両側から工事は着手される。隧道を掘り進めるにあたり、測量には竹の筒が用いられた。丹波の篠山から届けられた高級測量機器を見て誰もが思った。裏山の竹でいいんちゃうん?

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ヘナリワンドットジェイピー ORRの道路調査報告書

自作でいけるんちゃうん?確かに何の変哲もない竹筒である。しかし彼等は気付いてはいなかった。本場堺の職人さんによる「測量クン」という登録商標の彫り込みがある事を。確かに裏山の竹でも代用は利く。しかしそれはあくまで代用であって所詮偽ブランドに過ぎないのだ。大分県産の測量用竹筒では税関を突破し、国外へ持ち出す事は限りなく不可能に近い。

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おはようからおやすみまでORRの道路調査報告書

ブツクサ文句を垂れながらも両側から掘削工事は進んだ。そして見事にズレていた。それはヅラズレなんてラベルではなかった。延長距離にしてほんの数十mしかないのに、内部で大きく屈曲した大入隧道。その場に立ち会った誰もが思った。ブランド関係なくなくない?

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