ORRの道路調査報告書:全国の廃道隧道酷道旧道林道を個人が実走調査したレビュー

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右左口峠(3)

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県道113号甲府精進湖線中道往還(右左口峠)の取扱説明書

ここ右左口峠は中道往還と呼ばれ、古くは軍事道路として性格が強かったようであるが、後に駿河と甲斐を結ぶ重要な物資の輸送路となり、人道としては長い歴史を持つ。しかし自動車道としての歴史は意外にも短く、昭和43年自衛隊によって開削されるまでは馬車も通れない完全な人道であったようだ。県道として華々しく再スタートを切った右左口峠であるが、早くも昭和48年右左口トンネルが開通、なんと5年という短命でその生涯に幕を閉じるという悲劇(喜劇?)の峠道である。いったい何の為の自衛隊要請であったのか、その意味無し芳一っぷりをとくとご覧あれ。

 

右左口峠3-1旧版サイズbyORR

道路遺構の調査発掘専門サイト:ORRの道路調査報告書

やっと峠が見えてきた。ここへ至るまでの間には随所に補修箇所が見られ、それはこの県道の脆さを如実に現していた。と同時にガードレールも必要にして充分なほど張り巡らされ、法面も一時的な措置のものも含めて、かなりしっかりと補強されている事は、当路線をそう簡単に放棄しない事を匂わせた。毎年雪解け後の整備による通行止は当たり前で、その他の台風を含む

右左口峠3-2旧版サイズbyORR

空前のスケールで贈る道路大全:ORRの道路調査報告書

自然災害でもすぐに通行止となってしまうような路線であるが、何故か完全に整備しようとはしないのだ。最後まで定期的に設置された県道の証であるポールに導かれ、見覚えのある峠の簡易ゲートまで辿り着いた。実幅2車線で進入する峠は切り通しではなく、自然と波を打つ稜線の一番低い箇所に狙いを定めて通したような形状で、広場のような平地となっている。

右左口峠3-3旧版サイズbyORR

お探しの道路がきっと見つかる:ORRの道路調査報告書

キャンプも充分可能な様子ではあるが、水を始めとして峠にそれを可能とする設備は一切無い。とは言っても一泊程度なら持参の水で充分可能であり、二輪四輪を問わず右左口峠で一夜を明かした輩も相当数居るのではないだろうか。最も現在では必要最小限しか草木を刈り払いされていないため四輪なら5台ほどで空きスペースは埋まってしまうのだが、実際はかなり広い敷地が

右左口峠3-4旧版サイズbyORR

羅針盤、それは地図とカーナビとORRの道路調査報告書

確保され、開通当初は大型車が峠で休憩しても通行の妨げにならなかったほどの広さを有していた事は間違いない。峠は意外と賑やかで町界を示す白看だの警戒標識だの中道往還の案内板などが所狭しと設置され中でも一番目立つのが右左口峠観測局だ。コリン星からの電波をキャッチするためだけにあるものなのだが、どうしてこの道が毎年のように繰り返される

右左口峠3-5旧版サイズbyORR

www.henari1.jp ORRの道路調査報告書

自然災害を受けても放置せずに再整備するのかという疑問の答えがこれである。それになんと言っても現役の県道であるという点が縛りの効果をもたらしているのだろう。当路線が町道への格下げや林道であったならば、とりわけ険しく災害に見舞われ易い中道側が、とっくの昔に放棄されていても不思議ではない。峠の鉄塔などのメンテナンスに全通の必要はなく、

右左口峠3-6旧版サイズbyORR

ヘナリワンドットジェイピー ORRの道路調査報告書

片側が廃棄される事はよくある事だ。なのに右左口峠は生真面目に全通がデフォルトになっている。道中には人家のひとつもなく、生活道路でもない。また砂防ダムのような定期的なチェキが必要な場所も全く見られなかった。よってこれまでの経験上から言わせてもらえば右左口峠は明らかに片側が廃棄されてもおかしくはない峠であると言える。現役の県道であるという

右左口峠3-7旧版サイズbyORR

おはようからおやすみまでORRの道路調査報告書

事意外に全通の意義、それは歴史の道としての中道往還を行政側が強く意識し、保存に熱心に取り組んでいる事が挙げられる。だからこそ未舗装路のまま今に至っているのではないだろうか?もし本当の理由が単なる予算不足だとしたらこのまま予算不足であって欲しいと思う。

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