ORRの道路調査報告書:全国の廃道隧道酷道旧道林道を個人が実走調査したレビュー

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年田隧道(2

★★★

 

年田隧道の取扱説明書

現在は国東半島への玄関口として単なる通過点となってしまった杵築。かつて城下町として一時代を築き杵築を起点に放射状に延びていた街道筋も今では見る影もないが、時代が明治に変わってから改修を受けた道路は今日でもその痕跡を容易に辿る事ができ、極稀に改修当時のまま現存するお宝物件に当たる事もある。年田隧道もそんな希少性の高い物件のひとつだ。このたびはれて年田隧道が明治時代の遺構である事が確定した為、最新の状況と史実を交えながら当物件を可能な限り掘り下げてみたいと思う。

 

年田隧道

道路遺構の調査発掘専門サイト:ORRの道路調査報告書

平野部との高低差は50m程で海抜100mに満たないであろう小高い丘の背に開けられた小さな穴、それが明治時代の置き土産年田隧道である。実際の峠である尾根を跨ぐにはこれより更に高さ10m程の登坂を要し、車両で直登するにはちと厳しく、九十九俺と隧道では後者に軍配が上がったのも現場を見れば頷ける。手掘りとは言え延長が100mに満たない短隧道

年田隧道

空前のスケールで贈る道路大全:ORRの道路調査報告書

の掘削など隧道王国大分では朝飯前に等しい。これが一応年田隧道の坑門という事になるのだが、ぶっちゃけ山肌を刳り抜いただけの純粋な穴が開いているだけで、装飾云々を通り越して意図的に手を加える事を避けていると勘繰りたくなるような天然物である。路面を簡易コンクリで覆っているのだから、その際ちょっと補修しとこうかくらいの余裕はあったはずだが、現実

年田隧道

お探しの道路がきっと見つかる:ORRの道路調査報告書

として年田隧道は竣工から100年以上も経た今でも開削時よりほとんど手付かずの状態であり、それも市道として何事も無かったかのように平然と供用されているのだから驚かずにはいられない。杵築市は本当にいい仕事をしてくれた。行政が無関心無頓着である方が好結果を招く場合もあり、これからもずっと見て見ぬふりを貫いて生暖かく見守ってくれると有難い。

年田隧道

羅針盤、それは地図とカーナビとORRの道路調査報告書

今日まで行政が下手に手を出さなかった事が功を期し、明治時代の土木技術が克明に記録された壁面をまじまじと眺める事ができ、これを至福の一時と言わずして何とおう。内壁からは握り拳大の石が突起物のように迫り出し、いつどれが落下してもおかしくない状況にあり、壁面は非常に脆い印象を受ける。事実足元の両脇には結構な量の堆積物が溜っており、微細

年田隧道

www.henari1.jp ORRの道路調査報告書

ながらもこの隧道は今も自身を押し広げているようだあの大石隧道のように。山の上に古いトンネルがあるよ、猪野集落の爺さんに年田隧道の存在を明かされ初めて潜り抜けた時から随分と日が経ったが、その時は全く気にも留めなかった中間付近の巨大な空洞に気付き思わず立ち止った。デカイ、一箇所だけが異様に巨大なホールと化しているのだ。どれくらいデカイか

年田隧道

ヘナリワンドットジェイピー ORRの道路調査報告書

またどれほど歪な形状なのかは逆から見てもらえれば良く分かる。それまでまともな円形を描いていた断面が一箇所だけペンタゴンになっているのである。丁度中間付近という事で馬車の内部離合を考慮し待避所を設けたのかと思いきや、路面の幅はほとんど変化が無く、不思議な事に路面を除く内壁全体が一回り大きく刳り抜かれたようになっている。これが拡幅工事に

年田隧道

おはようからおやすみまでORRの道路調査報告書

着手し途中で滞ったものなのか、はたまた落盤によるものなのか僕には判断がつかないので、専門家の御意見(学会の発表にも耐えうる学術的な図解説明に注目!)を仰ぐ事にする。という訳で県の台帳上のデータでは高さ2.7m、幅2.6mの隧道内に4mの空洞があるのだ。

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