ORRの道路調査報告書:全国の廃道隧道酷道旧道林道を個人が実走調査したレビュー

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小阪峠(旧国道42号線/熊野街道)(4)

★★★

 

小阪峠(旧国道42号線/熊野街道)

つい最近まで僕の中で、それは単なる未開通県道のしょーもない峠として認識されていた。だが実はその裏に恐るべき真実が隠されている事など知る由もなく、この峠の手の平で踊らされる無邪気な僕がいた。普段は大人しい顔をしている小阪峠、その遍歴を一度紐解けば実に大胆な姿があらわとなり、まるで本当の姿などおくびにも出さない小悪魔のような小阪峠は、僕を大いに翻弄させた。時の流れに身を任せ、変幻自在に姿形を変える妖艶な小阪峠は、日を追う毎に僕を虜にし、気が付けば僕は小阪尚輝と改名していた。たわわに実った〜早紀ちゃんの胸に〜小阪尚輝が〜嵌った〜(ウルルン風)カットカットカット!それじゃぁプルルン滞在記でしょーが。テイク2:たわわに実った〜早紀ちゃんの胸に〜保坂尚カットカットカット!それじゃぁノンフィクションでしょーが。テイク3:小阪峠で〜バスも走った名道に〜小阪尚輝が〜出会った〜♪

 

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ガードレールに刷り込まれたヘキサを、激坂の直線路で見失って以来の、そして県道156飛鳥日浦線内において、初めて目にするまともなヘキサがここに立つ。それは大馬口と小阪峠の間に唯一存在する独立するヘキサだ。この付近に小阪峠と書かれたバス停が置かれ、ヘキサより道路を挟んだ向かいの激薮が茶屋跡であると聞いて、あなたは素直にその現実を受け入れられるだろうか?

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僕も市史という文献を紐解き、古老の証言を授かるまでは、そこは切り通しの直前に位置する単なる通過点という認識に過ぎなかった。ところが今見るとどうだろう、俄然そこが茶屋跡に見えてくるではないか。上の画像とこの画像をよ〜く見比べて頂きたい。二枚の画像には約二年の隔たりがあるが、二年前は激薮の下に何もかもが埋もれてしまっていたものが、今回の調査ではそこが住居を構えていたであろう平坦な更地としてあらわとなっている。

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二年前道路脇に直立していた三十余年は経ていると思われる杉の木は、均等に切断され背後に横たわっているのが確認できる。簡易的な柵が設置されているが、その直下に以前は完全に土砂やら落ち葉によって埋没していた側溝が鮮明となり、小阪峠はすっかり見違えってみえた。

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僕は再々訪の時点でここに茶屋が存在していた事は百も承知であったが、例えその事実を事前に知らされていなくとも、ここに家屋が存在した痕跡は、茶屋跡を疑うに充分な物的証拠と成り得ただろう。そう、それは足元に見る丁寧に組み上げられた石垣だ。前回も前々回も僕はこいつを見逃した。小阪峠の切り通しの岩壁に馴染んだ石垣は、1m四方の僅かな断片だけを残し、その消息を絶とうとしていた。

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道路に面し普段ならその気にも留めないほどの薄ら呆けた人工的な壁面に、僕は感動さえ覚えた。何故ならばその石垣は道路より直角に、家屋が存在したであろう更地の奥の奥まで、その行き先を延伸していたからである。つまりその直角に築き上げられた石垣は道路を保守すると同時に、そこにかつて存在した家屋をも保守する使命を任されていたのだ。その先に構える向かい合う垂直に切り立つ岩壁の間を、ボンバスはこの真下に小阪隧道が貫通するその日まで、来る日も来る日もすり抜けた。

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荒々しくごつい岩盤剥き出しの小阪峠。ぼやけた印象の拭えない評議峠とは違って、いかにも教科書通りの切り通しだ。茶屋跡の向かいには廃道が下へ向かって延びているが、それは小阪隧道を突く為だけに造られた工事用道路だと思われる。その道がまだ造成された頃の小阪茶屋ときたら、今では想像もつかないほどの大変な賑わいであったはずだ。

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何せ工事に従事する男達の数は半端でない。計画から完成に至るまで相当な工期であっただろうし、小阪峠の経由が絶対だから、小阪隧道の工事期間中に茶屋は相当潤ったはずだ。何せこの界隈には食堂などのライバル店が一切存在せず、小阪茶屋がそれを一手に引き受けていたと考えられるからだ。

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