ORRの道路調査報告書:全国の廃道隧道酷道旧道林道を個人が実走調査したレビュー

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非道隧道(3)

★★★

 

非道隧道の取扱説明書

もしも突然歴史上の人物を一人挙げよ3・2・1・Q!と問われたならば、僕なら間違いなくザビエルと即答するだろう。そう、フランシスコザビエル。教科書にも登場する世界的エロ河童キリスト教宣教師だ。彼の生まれ変わりがアルシンドであるという事実は、いずれオーラの泉で明らかとなるだろうが、前説はこれくらいにして、早速取説に入りたいと思う。もしも突然歴史上の人物を一人挙げよ3・2・1・Q!と百人アンケートを取った際、恐らく回答数ゼロは避けられないであろう人物、三島通庸。日本史の、それも近現代史に登場する彼の名を目にする機会は皆無に等しい。だがひとたび的を道路に絞れば、直ちに彼の名は大きく浮上する。はっきり言って三島通庸抜きに東北の道路、ひいては日本の道路史さえも語れまい。旧廃隧道を語る上で、彼の名を避けて通る事は非常に困難を伴うのである。ここに彼の残した軌跡の一部を列挙しよう。万世大路、大峠、関山峠、雄勝峠、主寝坂峠、宇津峠、加茂坂猿羽根峠山王峠。どうだろう?東北各地では石を投げれば三島に当たると言わんばかりではないか。僕は彼の名を知らぬままサイトを開設し、気が付けばいつの間にか彼の手の中で踊らされていた。道路の現状報告に徹し、あえて歴史とシンクロさせて来なかったORRの怠慢と言ってしまえばそれまでだが、今後は徐々に歴史的考察にもメスを入れていかねばなるまい。まずはその第一弾としてザビエル=河童説の是非を問う。(嘘)

 

非道隧道3-1/ORR

ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR

その後もこの極道は回復へ向かうどころか、ますます状況は混迷を深めた。1t以上はあろうかと思わしき超巨大な岩石が平然と転がっているではないか?廃道に花を添えるかの如し見事なオブジェに僕は感動すら覚えた。本来ならば目を覆いたくなるような光景ではあるが、道路沿いに設置された温度計は7度を指し示しており、吹き荒ぶ嵐のような状況下で恐らく体感温度は5度以下。頭が

非道隧道3-2/ORR

ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR

おかしくもなろう。この日この時この場所にヘナリワンが立っているその事自体が、そもそも常識を大きく逸脱した行為なのだ。ここを一度でも訪れた事のある者ならば、狂気の沙汰としか思えないだろう。だがこれは廃道に命を懸けた男の病気の性なのだ。僕の廃道人生の中でも明らかに十指に入る愚の骨頂。せめて晴天続きの後に来いよ俺。とは言っても時間がないのだ。間もなくこの地域は

非道隧道3-3/ORR

ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR

白銀の世界となってしまう。そうなると僕は本業であるプロスケーターとして、織田信成選手と浅田真央ちゃんとの初デート権を巡っての、頂上決戦に挑まねばならない。場所は米コネティカット州ハートフォードで(欧米か!)中華鍋って重いからチタンがいいよな(孝明か!ORRの基金っていつ申告(納税か!)など廃道上においてもネタのパクリと、その練習に余念がない僕の頭上を100

非道隧道3-4/ORR

ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR

デシベル近いものっ凄い音が地響きと共に襲いかかってきた。ガタンゴトン。それはたった一瞬の出来事であった。(一両か!)降りしきる雨音に僕のツッコミも完全に掻き消されてしまったが、会津鉄道がすぐ真上をを走っていたなんて全く知らなんだ。状況が状況なだけに、心臓にチン毛が生えていない般ピーでは、間違いなくその場で即身仏確定だ。垂直に切り立った壁面の真上にレールが

非道隧道3-5/ORR

ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR

存在し、そいつは今でも使われているっつーのに、対する真下のこの道の正体って一体なんだ?鉄道保守と河川管理の為に造られたメンテ道?この時点では用途不明の砂利道であり、分かっているのは観測所以降が完全なる廃道となっているという事だけ。道を塞ぐ倒木や落石などの障害物は辛うじて今でも単車を通すものの、決壊箇所を見ればこの区間に残された時間が短い事は容易に

非道隧道3-6/ORR

ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR

想像が付き、徒歩を含め全てが通行不能となる日はそう遠くないのかも知れない。それまでまともな砂利道とマディを繰り返していた緑の絨毯が突如途切れ、足元に懐かしい固さを感じ取る。見ればそこだけ植物が根付いていなかった。コンクリか?何やらそこだけ様子がおかしい。僕は慌てて単車から飛び降り、状況を確認した。ヘナリワンが宙に浮いている。そこは間違いなく空中だった。少し

非道隧道3-7/ORR

ドライブ&ツーリングのネタ帳ORR

離れた位置から見ると、それが欄干を持たず一切の詳細が不明の小さなコンクリ製の橋梁である事が判明した。橋の上から覗き込めば、確かに山肌とは接点を持っておらず、非常に短いながらもしっかりとした土台を持つ完全なる人工物で、進入以来初めて目にするまともな道路遺構でもあった。

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